青空研究室

三ツ野陽介ブログ

幸せの配り方〜『黒子のバスケ』脅迫事件と人生格差問題(1)

「人生格差犯罪」という予言

f:id:ymitsuno:20140323230434j:plain

  先日公開された『黒子のバスケ』脅迫事件(Wikipedia)被告人の手記は、そのショッキングな内容と、筆者の文章力によって、特にネット上では話題になった。

「黒子のバスケ」脅迫事件の被告人意見陳述全文公開1

「黒子のバスケ」脅迫事件の被告人意見陳述全文公開2

 この文章は、人生に絶望した「負け組」たちを代弁する主張として読まれたのである。

 「以前から、自分の人生は汚くて醜くて無惨である」と感じていたというこの筆者は、「自殺という手段をもって社会から退場したい」と考えていたのだが、そんなとき「自分が「手に入れたくて手に入れられなかったもの」を全て持っている「黒子のバスケ」の作者の藤巻忠俊氏のことを知り」、「コンプレックスをくすぐる成功者を発見して、妬みから自殺の道連れにしてやろうと浅はかな考えから暴れた」のだと自分の動機を説明している。

 藤巻氏が持っているという「手に入れたくて手に入れられなかったもの」とは、具体的には「上智大学の学歴」「バスケマンガでの成功」「ボーイズラブ系二次創作での人気」「新宿出身」などであるそうで、なんだかバラバラで意味不明だが、「自分にとってはとてつもなく切実であったということだけは申し上げさせて下さい」と筆者は言う。

 「キモブサメン」で、定職も恋人もなく、何も成し遂げないまま「人生の行き詰まりがいよいよ明確化した年齢」になったというのが筆者の自己評価であり、「出所したら物書きにでもなったら?」と、取り調べの刑事さんからも褒められる文章力も、本人の弁によれば「知性の欠片も感じられない実に酷い文章」なのだという。

 そして筆者は、「いわゆる「負け組」に属する人間が、成功者に対する妬みを動機に犯罪に走るという類型の事件」を「人生格差犯罪」と命名し、「ひょっとしたら今後の日本で頻発するかもしれません」と予言している。

 嫉妬する理由

  格差社会が生み出す怨恨が、社会を不安定化させるだろうと懸念する声は多い。

 僕はここで、この手記の筆者が嫉妬している対象が、「上智大学の学歴」「バスケマンガでの成功」「ボーイズラブ系二次創作での人気」「新宿出身」という一見なんの脈路もないものであることに注目したい。

 人間は、ひとつのことで勝っているだけの人間には、あまり嫉妬しない。ただの「イケメン」、ただの「お金持ち」、ただの「社会的地位」が、そんなに羨ましいわけではない。いくら与沢翼さんが秒速で一億稼ぐといっても、「クソッ、俺も与沢翼になりたい!」とは、さほど思わないものだ。

 しかし、「イケメンで金持ちで社会的な評価も高い」というような人を目にすると、なんだか心がざわついてしまう。俳優の水嶋ヒロさんが小説で賞を取ったら、「あんなにイケメンなのに小説の才能もあるのか、しかも慶応卒」と思うわけだし、その小説の出来を見て「ああ、やっぱり」と安心したりするのである。

 幸せの配り方

 格差是正のための方策として、勝ち組の取り分を負け組にもっと分配しようとか、一度失敗してしまっても再チャレンジできる社会にしようとか、結果はともかく機会だけは均等にしようとか、様々な提案がなされている。

 要するに、一部の人が豊かさや幸福を独占しすぎないように、それを広く配分するための「幸せの配り方」について、色々な人が考えているわけだ。

 僕はそれらに加えて、ひとつのゲームで勝った人が、他のゲームでも勝ってしまうことがなるべく少ない社会を作る、というかたちでの幸せの配り方も大切なのではないかと思う。

 学歴は高いけど収入が低い(!?)とか、金は無いけど女にはモテるとか、社会的評価は高いけど金はあまり持ってないとか、そういう人間が多いほうがいい。

  つまり、「カネ」「地位」「オンナ」「名誉」といったそれぞれの領域において、個別に格差を是正しなくても、それらのゲームが別々に行われて、こっちのゲームで勝った人はあっちのゲームでは負けている、という社会であれば良いわけだ。 

 これが、勝ち組はすべてのゲームで勝ち、負け組はすべてのゲームで負けるとなると、その格差はただの個別のゲームの勝ち負けではなく、「人生格差」となって絶望を生んでしまう。