青空研究室

三ツ野陽介ブログ

[漫画感想文]『俺はまだ本気出してないだけ』(青野春秋)

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 以前、最初の数巻を読んだことがあり、映画化されたものをDVDで見たこともある『俺はまだ本気出してないだけ』(青野春秋)が、全五巻でとっくに完結していることに今ごろ気づいた(映画化の時点で完結してた)ので、通して読んでみた。

 しがない四十男のシズオ(バツイチ、高校生の娘有り)が、突然、素人同然の画力にもかかわらず漫画家を目指すと言って会社を辞め、周囲を呆れさせながら、ハンバーガー屋でアルバイトなどしつつ、漫画を書きつづける話である。

(映画版の堤真一橋本愛も良かったです)

俺はまだ本気出してないだけ 通常版 [DVD]

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 人間には、すでにおもてに現れている能力のほかに、「本気を出せば」発揮できる潜在能力が備わっていると思われており、それは、その人が過去に結果として残したもの、顕在化させたものよりも、高く見積もられる。

  「十で神童、十五で才子、二十過ぎてはただの人」という言葉があるが、実際には、十歳のときにすでにただの人であったとしても、この子だってやればできるんじゃないか、まだ本気出してないだけじゃないか、という期待がかけられるものである。

 しかし、それも若いあいだの話であって、人は年を重ねるほどに、「やれば出来る子」から「ただの人」という評価に落ち着いていく。

 そういう一般的な人間観から見て、「俺はまだ本気出してないだけ」と言い訳する四十男は滑稽であり、この漫画は、その滑稽さを描いていると、とりあえず言える。

 しかし、確かに主人公シズオは、まるで駄目なオッサンという風情のキャラクターなのだが、なんだかんだで40歳でとうとう本気を出し、つぎつぎとマンガを仕上げては出版社に持ち込み、何度ボツを食らっても描き続けている。

 「マンガを描く」というのは、40歳過ぎた今になってから本気出して頑張るべきことなのか?というツッコミどころがあるだけで、実際にはこれは、主人公が「ついに本気出した」話なのである。

 このマンガは、そういう努力が報われて漫画家になる夢が実現する、というサクセスストーリーとは、少し趣向が違う。

 しかし、一緒に暮らす娘をはじめとして、バイト仲間の不良や、マンガ誌の担当編集者や、幼なじみの親友といった、シズオを周囲で見守る登場人物たちが、シズオの無謀で無計画な生き方に呆れながらも、次第にその「本気」に感染していき、自分を見つめ直し、自らもまた生き方の変更を迫られていく。そういう、人と人のあいだの関係を描いているところが、この漫画の美点だと思う。

 そういうかたちで、主人公の努力は報われている、とも言えるのかもしれない。

俺はまだ本気出してないだけ 1 (IKKI COMICS)

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